ジャッジメント・エヴィデンス
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「急げ……急げ……」
体力が損なわれない程度に、しかしかなりのスピードで走ってはいるのだが、私は未だに洞窟にすら辿り着けていなかった。
華奢な四肢が、綺麗な曲線を描いて揺れる。
オカマが印象的な宿屋を出て、紆余曲折しながらもギルンデルクの町を抜け出し、そして今現在砂漠を駆けている。
洞窟の岩肌は、徐々に大きくなっており、距離的にはそんなにないのは見て取れる。
しかし、焦りからか、今の速度がひどく鈍く感じるのだ。
あの宿屋での会話が、幾度も頭を過ぎる。
『騎士団だって、敵うかはまだ分かねえけどな。だって?紅きデュラハン?は、この国で?最凶?かつ?最強?って噂だぜ』
それは、私のトラウマそのもの。
決して死ぬ事のない、不死なる騎士。
生者の魂を喰らい、そしてその力をさらに強めるという逸話も存在している。
既に大勢の魂を喰らったデュラハンは、騎士団でも手に余る存在だ。
その騎士団までもが喰われれば、ゼルスはあっという間に死んでしまうだろう。
「ッ…………」
目をギュッと瞑り、俯きながらも足は止めない。
深い橙色の髪が、風に流れて揺れた。
そして十五分後、ついに洞窟の入り口へ私は辿り着いた。
大きく口を開けたその空洞は、何もかもを吸い込むように暗い。
まさしく闇を体現したような空間が広がっているのだ。
「どうしよう。これはちょっと……」
これでは視界がまるで確保されないのではないだろうか。
何か、灯りになるようなものが必要だ。
ポケットを探ってみる。
すると、宿屋で麻袋から転がり落ち、そのままポケットに入れた棒状のものが出てきた。
メタリックシルバーが、太陽の光にギラリと輝く。
先端には、球状のガラスのようなものが取り付けられている。
「そういえば、これ何なんだろ」
あちこちを触ってみるが、何も起こらないし、何の為の道具なのかも解らない。
それでも物珍しげに眺めていると。
「あ、底にボタンが付いてる」
迷わず押す。すると。
「光った?」
そう、先端のガラスの中が光で満ちたのである。
もう一回ボタンを押すとその光は失われ、さらに押すと、再び点灯する。
「よしっ、これを持って行こう!」
胸の前で両手でガッツポーズ。
早速洞窟内部へと足を踏み入れた。
「く、暗い……」
湿った空気に支配された洞窟内部は、豆電球では照らしきれないほど闇が蔓延っていた。
見えるのは、せいぜい周囲三メートルほど。足場も極端に悪かったが、そこはシーフとしての腕の見せ所だ。砂漠では発揮できなかったバランス感覚の良さがここでは発揮され、すいすいと奥へ歩いていける。
奥へ進むにつれ、散々慣れた血の匂いが嗅げるようになった。
多くの血が流れているのは間違いない。
それが、ゼルスのものでない事を祈るのみだった。
複雑に分岐した道を、勘を頼りに選択していく。
とにかく、デュラハンに出会うよりも前にゼルスと合流し、急いで脱出しなければならない。
よって、道も全て暗記した。
逃走ルートの確認、確保はシーフの初歩的スキルだ。
まずこれが出来ないとどうしようもない。
途中、血溜まりや、騎士団と思わしき死体にも出くわした。
見知らぬ人間の死体だ。どうも思わなかった。
ただ、ゼルスのものではないと知る度、不謹慎だとは思うが安堵の息を吐いた。
「それにしても、やっぱり騎士団でも敵わないのね」
十回目くらいの、騎士団の死体に遭遇してから冷めた声でそう呟く。
この国最強を謳う、騎士団が何人も死んでいる。
既に確定しているのが十人である。
それは、騎士団総数の二十パーセントという人数だ。
さらにここに派遣された残りの十人及び騎士隊長までもが死んでいたとしたら、それは騎士団半壊という事になる。
このままだと、ほぼ確実に人手不足で人材募集を始めるだろう。
デュラハンなんて殺さなくても、ゼルスは騎士団に入れそうだ。
血の量も匂いも、いよいよ増してきた。
警戒心を強め、慎重に前進する。
暗闇に生まれ、暗闇の中を這って生きてきた。
ゼルスを見殺しにすれば、その財産全てが私のものとなる。
宿屋に置いてきたあの麻袋の中身さえあれば、人生をやり直す事だって可能だ。
だけど、私はそれとは真逆の道を歩んでいるのだ。
ゼルスを助けても、やがて彼とは別れるだろう。
私には何も残らない。
それは理解しているはずなのに、何故こうも必死に彼を助けようとしているのだろうか。
『じゃあな』
去り際の一言が、とても怖かった。
もう会えないのでは、と。
「そっか……」
暗がりで、ずっと一人だった。
周りは、屑を的確に表した者ばかり。
今まで出会った人は、親方だの、盗賊だの、商人だの、物乞いに物を与える者だの、そんな外側でしか見なかった。見えなかった。
「ゼルスは、私に初めて出来た、個としての存在だったんだ」
そんな私に、手を差し伸べてくれた存在。
きっかけを与えてくれた唯一の。
「だから」初めて、対等に接してくれた人物だから。
「助けたい」どうしても。
過去の私が聞いたら笑うかもしれない。理解できないと言うかもしれない。
でも、私が助けたいと思うなら、私自身が自分で動くべきだ。
まるで、私の心の靄が取れたのを表したかのように、一筋の光が視界の奥に現れた。
よく見ればその光は、人を中心に輝いている。とにかく、走り出した。シルエットはどんどん大きくなって、やがてそれが王属騎士だと言う事が解った。
何故棒立ちになっているのか不可解だが、深くは考えず、駆け寄る。
そして、その奥の光景を目の当たりにし、私は息を呑んだ。
苛烈。一言で表すならば、そう、苛烈。
今までにないほど広い空間で、黒と紅の残像が高速で剣を奮い合っている。
電流のように、場所を変えてはぶつかり合い、反発するように離れ、そしてまたどこかで衝突する。
その戦いは、私の見たどの戦いよりも苛烈で、高次元だった。
そして私は確信する。
ゼルスの強さは本物だった。恐らく、親方たちも一人で全滅に追い込んだのだろう。
その強さは、この国の中でも最強クラスに違いなかった。
「あれ、キミ、誰?」
隣にいた、光を纏う騎士がこちらに話しかけてきた。
不振そうな目でこちらを見ている。
「あの、黒い方の付き添いです」
「ほうほう」
彼は屈託のない笑顔を表情に浮かべながらも、激しい剣のぶつけ合いを繰り返す黒と紅を指差した。
「いや、相当強いよ、黒い方さんは。もう四回、紅い方をダウンさせているからね」
でも、と続ける。
「それは終止符にはなり得ない。あのデュラハンは決して死なない。必ず起き上がる。普通に倒しただけじゃどうしようもないんだ」
「それは知っていますけど……それじゃあ」
片方が死なないのならば、この戦いの結末はもう片方の死しかあり得ない。
「ああ、このままだとジリ貧だ。彼も打開策を考えているだろうけど、そもそもそんなものがあるのかも解らないしね」
「そんな……」
「ま、俺はこうして魔法を維持するので精一杯なんだ。もし手助けするなら、キミがするしかないよ」
隣に立つこの男は快活に言ってのけるが、その内容はひどく空虚なものであった。
どこまでも、自分以外には興味がないというか、冷めているというか。
私は不快感を覚えながらも、一歩を踏み出した。
――――――――
「ちいっ!」
紅の剣戟が肩を掠った。素早く身を引いたお陰で傷は深くはならなかったが、細かな負傷も蓄積すれば動きを鈍らせる。
既に体力も限界が近づいている。戦況は極めて劣勢であった。
追撃に応じるべく、剣を構える。
すぐに降りかかる数十発の連続攻撃をひたすら耐えた。
極力少ない動作で受けるように心がけてはいるが、それでもかなりつらい。
体力勝負では完全に負けていた。
そもそも相手に疲れという概念があるのかどうかさえ怪しいのだ。
一方的に体力を消耗していたのでは、もうどうしようもない。
四回。四回も相手を切り伏せた。
その度に相手は蘇生した。
三回目には、倒れているその鎧を徹底的に穿ったものの、効果はなし。
四回目は、剣を叩き割ろうとしたが、こちらも効果なし。
高速で揺れ動く血染めの剣の、柄と鍔の交差部分に填め込まれた朱色に瞬く宝石が目に焼きつく。
昔、小耳に挟んだ噂によれば、あの宝石は力量の低い者の心を魅了する力があるのだという。
デュラハンの元へふらふらと近寄れば、一刀両断にされるのは火を見るより明らかだ。
ただの一般人ならば、見ただけで死が確定するという、恐ろしい代物。
防戦一方だったが、強引に剣を弾き返し、攻勢へ転じる。
もう始めのような猛攻は不可能だが、それに出来るだけ近い勢いで敵の胴へ剣を向ける。
これが最後のチャンスかもしれない。
自らを奮い立たせ、一撃一撃に渾身の力を込める。
剣同士が穿つ度、接触する度、鐘のような音が脳を揺らす。
全身で押しつぶすように、冷気さえも貫いて走った閃光は、ようやくデュラハンの腕部に一撃を与えた。
それに伴い、十字剣の位置が大きく下がる。
それが戻るまでの時間は、コンマ以下の世界であったが、その隙は決して逃さない。
天蓋へ掲げられた己の愛剣が、雷撃の如く紅の十字剣へ落雷し、さらにその位置を落とす。
デュラハンもかろうじて剣は放さなかったが、剣が落ちるのに引きずられて、頭を垂れるような姿勢を晒して止まっていた。
「ッラァ!」
首元の空洞の縁を一直線に叩き割る。
一部が、それこそ小さかったが砕け、破片が飛んだ。
そしてデュラハンはこの戦いで五度目の、ダウンを迎えた。
不快な金属音を響かせて鎧は倒れ落ちる。
その手に握った剣も、カランと音が鳴り無造作に地面を転がった。
そして見た。
十字剣の、十字の真ん中に埋められたルビーが、輝きを失っているのを。
「……!」
これが、これが答えか。
考えるより先に、俺は剣の元へ駆け寄り、白銀の刀身を持つ自らの剣を両手で握る。
ルビーの真ん中に切っ先を当て、真上から垂直に突き刺すべく、体勢を整え片膝を突く。
唾を飲んだ。これで、終わるのか。
思い切り振り下ろした剣は、しかし途轍もなく硬いものにぶち当たったかのように弾かれた。
そして、鎧の首もとの空洞から漏れ出た瘴気がルビーへと伸びていく。
「くっ……!」
急いで立ち上がり、瘴気から離すべく十字剣を蹴飛ばそうとしたが、ほんの僅か、一瞬だけ遅かった。
瘴気がルビーに触れるや否や、ルビーは輝きを取り戻し、鎧もまた、再駆動を始めた。
地響きのような音と共に、首なしの騎士は立ち上がる。その手に吸い寄せられるように、剣は宙を舞った。
磁石と磁石がくっ付き合うように、騎士と剣はお互いを引き寄せ、そして再び戦闘態勢へと移行する。
「こうなりゃ、カラクリは解けたと思うが……」
問題は、どうするか、だ。
限界に達しつつあった五体は、既に危険信号を発し続けている。
一歩進めば体勢が崩れ、剣を振るえば痛みが走る。恐らくもう長くは持たない。
しかし、弱音を吐いている暇はない。
後ずさりで距離を取り、そして剣を構えた、その時であった。
「ゼルスさんっ!」
背後から、自分を呼ぶ声。
振り返れないが、その声で分かる。
まだどこかあどけなさの残るその声の主は――。
「バカ、なんで来たんだ!」
思わず怒鳴り散らす。
そうしている間にも、デュラハンは飛び出してきた。
沈み込んだその身体が、影のようにぬっと伸び、一直線に俺へと突き進む。
一瞬の間を置いて、両者の殺意がぶつかり合った。
俺の狙いは、ただ一つ。
その、不気味に光を放つ、ルビーだ。
俺の推測が正しければ、あのルビーは?光っている時だけ?割る事が出来るのだ。
だから、チャンスは戦闘の最中にある。
逆に言えば、戦闘中にしかないのだが。
それを実行するのは、並大抵の事ではなかった。
ルビー自体、剣の柄と鍔の真ん中にあるのだから、攻撃は当然当たりにくい。
その上、俺の剣はなかなか大きく、埋め込まれたルビーに一撃を与えるのは至難の業だ。
それでも、やるしかない。他に選択肢など、ないのだから。
果敢に中段から突き刺すようにして一撃を繰り出す。
それは軽く捌かれるも、そこから連続して下段から突き上げるように一撃を穿つ。
紅き騎士は往なすように俺の剣を弾くと、バックステップで半歩距離を取った。
そして迸る濁流のように、青眼の構えから半歩踏み込みながら大振りを降ろしてくる。
俺は剣で受け止める事はせず、膝を曲げて右方へ跳ねた。
一瞬の猶予も与えず、無防備に晒した右肩へ一撃。
そして弾かれたようにバックジャンプ。大きく距離を取る。
双眸で睨み合う。
こうして改めて鎧を眺めれば、傷だらけで悲惨な有様であった。
そのくせ動きは一切鈍っていないのだから、小憎たらしい。
その睨み合いに割って入ったのが、太陽のようなオレンジの髪を持つ少女、コノハであった。
俺の隣に並んで、小さなナイフを構える。
その姿は、頼りないなんてものではなかった。
「おい……」
まさか、一緒に戦うとか言うのではないか。
思わず心配になる。
「私も、戦います!」
そのまさかだった。
あまりの無謀さに口元が引き攣りながらも、彼女を引くように説得しようとすると、それを妨げるようにデュラハンが雄叫びをあげた。
そして、猪突猛進に滑り込んでくる。
俺はコノハを庇うように二歩前に出、前傾姿勢で迎撃体勢を整える。
コノハが只者ではない事は知っている。
だが、決して俺たちの戦いに着いていけるようなレベルではないはずだ。
そうこうしている間に、デュラハンは至近距離へと迫っていた。
やつは右半身を後ろに傾け、十字剣を限界まで後ろに構えている。
そして弓矢を放つような要領で、勢いを付随して強力な一撃を放った。
剣の腹で受けようとするが、そのあまりの威力に全身が震えた。
堪らず三歩後退させられる。
そろそろ剣にヒビが入ってもおかしくない。
後退した俺に追撃の姿勢を見せたデュラハンだが、そうはならなかった。
コノハが、球状のものを三つデュラハンへ向けて投擲したのだ。
それは鎧に当たった瞬間、小さく爆発した。
やや効いたのか、身体を仰け反らせ、進撃の速度を緩める。
そこを俺が連撃を浴びせた。
がむしゃらに、考える事を放棄して斬り続ける。
しかし、そう長くは続かない。
体力の限界のせいか、次第に弱まる連撃をデュラハンは難なく捌ききると、満を持して横薙ぎの斬撃。半円を描いて鋭く空を両断する。
上半身を反らして回避した俺は、乱れた呼吸を整える。
その間に、デュラハンは人をも飛び越えそうなほど大きく跳躍し、コノハの目の前に降り立った。
そこからコノハの胴目掛けて的確な攻撃を繰り出す。
しかし、コノハは右へ左へ華麗なステップで斬撃を難なくかわした。
そしてしなやかな身のこなしのまま、手に握ったナイフを鎧の背部に突き立てた。
紅の騎士は暴れ狂い、滅茶苦茶に剣を振り回すが、それもひらりひらりと避け続ける。
蝶のように舞うその姿は、優雅と例えられるほどだった。
俺も駆け出しながら、叫んだ。
もはや彼女の助力なしでは勝てないと踏んでの事だった。
「コノハ! こいつの弱点は剣に埋め込まれてある宝石だ。俺の剣は大きすぎて狙えない。隙を見繕って一撃当ててくれ!」
言いながら、右手に握った剣を突き出す。デュラハンは、一閃でそれを受け止める。
既に打ち合いは、四桁にさえ及んでいた。
弾かれた刃を、デュラハンの剣が追う。返し手でそれを迎撃。往なすように一撃を加える。互いに一歩も譲らない。
体力的限界がある俺と、無尽蔵の体力を誇るデュラハン。
序盤は、俺が俄然有利だった。
しかし、ダウンを取る度、そして復活する度に俺の体力は擦り切れ、両者のパフォーマンスの差は縮んでいた。
今、ついに逆転されるのかもしれない。
振り下ろされた一撃を、俺は真正面から受け止めた。
鍔迫り合いだ。骨が軋む感覚。
徐々に、双方の剣は俺の方へと揺れていく。
少しずつだが、着実に、死が迫っている。
目の前にいるデュラハンが、途轍もなく大きな存在に思えた。
それは、絶対的な闇。
押され、押され、俺の腕は徐々に胸元に近づき、反対にデュラハンの腕は徐々に胸元から離れていく……。
耐えろ、耐えろ。自分に言い聞かせる。
信じろ、信じろ。自分を、ではない。
?自分たちを?だ。
そして、遠くから彗星のように、一筋の閃光が煌いた。
それはデュラハンの十字剣の十字部分を真横から突き刺さり、輝くルビーをガラスのように割って破片を散らせた。
その元凶は銀に輝く、短剣であった。
目の前で時間が急停止した。そのように感じた。
ただ、血を啜って紅に染まったその鎧は、直立不動で立ち止まり、まず輝きを失ったその十字剣を落とした。
幾人の血を吸ったのだろう。
褪せた刀身は既に光すら反射しなくなっていた。
そして、次いで鎧の中から瘴気が吹き荒れた。
悪霊の叫びのような、地獄の底から湧き上がってくるような憎悪の絶叫が辺りを揺るがした。
俺も、コノハも、シレンも、そして治療に勤しむ若き王属騎士さえも、その声に驚き、振り向いた。
瘴気はしばらく行く宛を探すかのように宙を彷徨い、やがて悔恨のような呻き声をあげると姿を消した。
ギギギギと音を立てながら鎧はゆっくり、前傾に傾く。
俺は一歩後ずさりし、次の瞬間鎧は倒れ砕けた。
薄汚れた破片だけがそこに残った。
今度こそ、終わったのだ。
長い戦いだった。五回も殺し、そしてようやく六回目で死に至らしめた。
間違いなく、これまで戦ってきた者たちの中でもかなり上位に食い込むほどの手垂れであった。
自分ひとりでは、恐らく勝ち得なかったであろう事は確かだ。
遠くでコノハがガッツポーズを取っている。
もちろん、短剣を投げたのはコノハであった。
鍔迫り合いの最中なら、あの宝石を狙う隙が出来るであろう。
そう考え、俺はあえて鍔迫り合いへ勝負を持ち込んだ。
そして仮にコノハが近づいてルビーを壊そうとしたのなら、デュラハンはすぐにでも鍔迫り合いを止めていただろう。
そうならないためにコノハが考え付いたのが、遠距離からの投擲であった。
投擲を感知されないほどの遠距離から、尚且つ的確に小さな宝石を狙うという至難の業を、コノハは軽々とやってのけた。
しかも投擲に用いた武器がナイフなのだ。
その戦闘センスは、明らかに一般人を超越していた。
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「や、やった……!」
喜びの余り、思わずガッツポーズを取ってしまった。
まさか、あんなに上手く行くとは夢にも思わなかった。
投擲センスには自信を持っていた。
しかし、まさかこれほどだったとは。
ゼルスの元へ駆け寄る。長く戦い続けたのだろう。コートはあちこちが擦り切れ、ボロボロになっていた。
それでもフードの部分には一切傷がついていないのは何故なのだろう。
「助かった」
ゼルスの労いの言葉は、極短いものだった。
それでも、満足な充実感を得る事が出来た。
「それよりゼルスさん、酷い状態ですよ……。すぐにヒーラーに診て貰わないと……!」
彼はふらふらな状態であった。
歩く事さえままならない、といった感じだ。
それにしても、彼の強さには驚きを隠せない。
王属騎士でさえも敗れる?紅きデュラハン?を計五回もダウンさせたのだ。
私の場合、身のこなしが全てなのでデュラハンの攻撃を軽々とかわせたが、避け続けるのがせいぜいである。
宝石が弱点という解に辿り着いたのも彼が初だろう。
そして、その宝石を壊す段取りを整えたのもやはり彼なのだ。
はっきり言って呆れるくらいに強かった。
王属騎士になったら、瞬きの間に隊長になれるだろう。
「どーする? 治癒魔法なら俺が出来るけど」
背後から、男性の声が聞こえた。
聞き覚えはある。入り口で光を放っていた騎士だ。
「……ああ、シレン。悪いが頼む」
シレンと呼ばれたその男は、意気揚々と魔法を唱える。
「Puede cura - El cuerpo」
藍色の魔方陣が現れ、それがゼルスの全員を覆った。
幾何学的な、紫色の光が魔方陣から発せられ、揺蕩っている。
「小さい傷はかなり多いが、深い外傷はないし、すぐに終わるはずだ」
シレンが自信満々に言い放ち、ゼルスが頷く。
どうやらこの男の言う事は信頼していいようだ。
「良かった……」
私も思わず安堵の息を漏らした。