エピローグ

「あらァん、コノハちゃん、毎日頑張るわねェ〜ん!」
 慣れ親しんだその宿の壁を洗っている性別不詳の人物が、特有のビブラード美声で声を掛けてきた。
「えぇ、おかげさまで……」
 少しはにかみながらそのオカマの前を通り過ぎた。
 平時ならばこの人の良いオカマ宿主と立ち止まって会話をしたって構わないのだが、今の私は手一杯なのである。
 先月、王属騎士となった私には、三ヶ月間の見習い期間が設けられていた。
 その期間の間に、鍛錬だったり任務の掴みをしたりするのだ。
 そしてここ最近、毎日私が受けている任務が、ある商人のペット『クロちゃん』を捕まえる事なのであった。
 『クロちゃん』はやたら逃亡癖のある黒猫で、あの日私が宿屋から出た時に目の合った猫その子なのであった。
 最早騎士団の仕事とは言えないし、そんなもの万屋とか何でも屋にでも任せればいいと思うのに、
 私の監督役であるシレンさんは毎日この任務を命令してくるのである。
 大体、捕まえても半日も経たないうちに猫を逃がしてしまう商人さんにも腹が立つ。
 お陰でこの一週間、四十時間近くを猫探しに費やしているのである。
 そして喜ばしくない事に、猫を探して町を駆けずり回る私は方々ですっかり有名になってしまっていた。
 史上最年少の騎士で、尚且つ女性なのだから目立つのも当然だとは思うが、些かやりきれない。
 『猫追いのコノハちゃん』とかいう有難くない二つ名が生まれてしまったのも納得いかない。
 「にゃ〜」
 遠くの塀の上で、見覚えのある猫が鳴いているのを発見した。
 今度こそ、クロちゃんを捕まえたらシレンさんに抗議しようと腹に決めつつ、私は路地裏を駆けて行ったのであった。


FIN
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