――――ギルンデルク城下町郊外の洞窟

 幽暗の中、腰に吊るした白銀の剣に手を掛けた。
 今はただ、敵の気配を探る事だけを考える。
 落ち着け、俺。昂ぶる感情に歯止めを掛ける。
 戦場はいつだって、集中力を切らした者から斬られていく世界なのだから。
 先行していたはずの騎士団の姿はどこにもない。
 まず、この暗さの中で見つけろというのも無理な話だが。
「くそっ……」
 悪態は、ハウリングして奥へと響いていく。
 誰かに気付かれたらまずいが、そんな事を気にする余裕は持ち合わせていなかった。
 焦燥が、内宇宙を瞬く間に包んでいく。
 いくら実戦経験豊富とは言え、このような状況は初めてなのだから、落ち着けるはずがない。
 兎にも角にも、心の支えが必要だ。
 何かないか、誰かいないか。
 暗い檻の中を、目を細めて探る。
 騎士団であれば、その特徴的な黄と白の鎧によって一目で分かる。
 逆に、正体不明の敵なら、見えるかどうかも未知数だ。
 洞窟のゴテゴテした岩の上を歩いていく。
 凸凹がひどく、左手にある壁に手をつかなければすぐに転んでしまいそうであった。
「はぁっ……はぁっ……」
 極限の状況、周囲に警戒しながら数十分経過している。
 流石に、体力的にも精神的にもきつかった。
 集中力が切れるのも、時間の問題だ。

 ふと、手を付いた壁に微かな水気を感じた。
「……なんだ? この洞窟には湖でもあるのだろうか」
 壁に付着していた水分は手にこびり付き、そしてそれは妙にぬめぬめしていた。
 ――水とは、少し感触が違う。
 不振に思い、右手の人差し指を伸ばして魔法を唱える。

「La luz - este alumbrado」

 瞬間、人差し指の先端から光が迸った。
 魔力をあまり無駄にはしたくはないのでホタル程度の大きさの光だが、手元を照らすには十分だ。
 光を、液体が付着した左の手のひらに持っていけば……。
「うおぉ……」
 それは、紅かった。
 トマトジュースだとか、ケチャップだとか、そんなものではない。
 これは、血であった。
「まだ固まってない……あまり時間は経っていないな」
 味方の血か、敵の血か。
 分からない。分かりたくもない。
 そして、手から発される仄かな光に、微かな影が差した。次いでおぞましいほどの殺気を感じた。
 振り向きざま、剣を振り抜く。鞘を滑走し、目にも留まらぬ早さで後方を両断する。
 しかし、剣は空を切り、やり場を失った勢いは俺の身体を持っていこうと暴れた。
 それでもその場に踏みとどまり、剣を構える。敵は見えない。
「…………」
 額を汗が伝う。
 それが目に入れば視界に影響が出てしまうが、今は拭う暇もない。
 今も、闇の中で敵が蠢いているはずなのだから。
「チッ……」
 舌打ち。
 剣を握った手からはまだ、光が漏れている。
 視界を確保するメリットはあるが、逆に敵にこちらの位置をバラしてしまうデメリットも同時に存在した。
 自分の位置がバレているのなら、黙して待っていても、不利になるばかりだ。
 そう思い、自らを奮い立たせる。
 そして、深淵の中に一歩踏み込んだ。

 刹那、紅い斬撃が己の身を襲った。
 咄嗟に剣で迎え撃つ。
 腕に、鈍い衝撃。
 そのあまりに重い一撃は、身体中を揺るがした。信じられないほどのパワーだ。
「チィッ!」
 鍔迫り合いをしても勝てないと判断し、剣を引かせ半歩後ずさる。
 そして、追撃を仕掛けようとする相手より速く、次の一撃を繰り出す。

 勢いを付けて放った重撃は、綺麗な半円を描いて垂直に振り下ろされた。
 しかし、その一撃を真紅の剣は難なく受け止める。
 いくら力を込めても、一寸たりとも押し込めない。
 逆に、振り下ろした剣は下から押され、徐々に上がっていく。
 弾かれたように両者の剣は離れる。
 攻勢ですらつらいのだ。守勢に回れば、猛攻の前に成す術などなくなってしまうだろう。
 俺は今度は相手のいる位置に向かって猛然と突っ込んだ。

 来る反撃に備え、剣を突き出すが、空を掻っ切る。
 そこに、姿の見えぬ相手は居らず。
「なんっ、嘘だろっ?」
 今度は右手から一撃が襲い掛かる。
 瞬刻のうちに対応し、剣を受ける。
 しかし、あまりに突然過ぎるその攻撃を受けきれるはずもなく、左手に向かって跳躍した。

 暗がりの中、不安定の足場のせいか着地に失敗し、土壌を転がった。
 すぐさま飛び掛かってくる影。
 相変わらず姿の見えぬそれは、足蹴を繰り出す。
 身体を海老のようにくねらせ回避、しかし視界が安定せず、さらに目まぐるしく変わる状況に頭が混乱し、なかなか立ち上がれない。
 片膝ついた状態で、渾身の力で右手だけで敵の剣戟を弾いた。
「ちっくしょ……! Una llama - puede quemarse!」
 剣を握った右手とは逆、左手で影を指差す。
 そして唱えた魔法は、下位の炎魔法。

 空間を湾曲するように、指先数センチのところに現れた直径十センチほどの炎の塊は、手の動きに合わせて発射された。
 火花を散らしながら、暗闇を貫くように突っ切った炎は、影に直撃する。
 その時、声にならない声を聞いた。
 地獄の底から響くような、低く轟くような声。
 鎧が微かに燃え、そのお陰で位置と姿がはっきりと視認出来た。
 首なしの、紅きデュラハン。間違いない。ターゲットだ。
「わりぃけど、討らせてもらうぜ」
 いつまでも地面に転がってられない。
 掠れ声で叫び、剣を握って地を蹴った。

 スタートダッシュの要領で駆け出した俺にたじろいだデュラハン。
 先ず手に握ったその紅剣を力いっぱい弾く。
 鉄同士がぶつかり心地良い音が鳴って、紅の十字剣は宙を舞った。
 無防備になったその身体に、息つく暇もなく得物を向ける。
 そしてその鎧――もとい甲冑の腹部に剣を突き刺した。
 あっけらかん、剣は簡単に鎧を貫通した。
 出来の良い真剣を使っているからだろうか。
 さらに引き抜き、本来ならば首があるべき場所から中に剣をぶっ刺した。
 中から、瘴気が洩れ出て、辺りを包み込む。

 途端に、鎧は動きを止めた。
 電池切れの機械のように、急に動作を停止した鎧は、まず両膝をつき、そして胸部から思い切り地面に倒れ伏した。
 それから数秒、何の動きも見られないのを確認し、全身の力を抜いた。
「はっ……はぁっ……終わった……」
 洞窟内は再び水を打ったような静けさに包まれ、安心感から剣を落とした。
 カラン、と甲高い音が響く。
「……厳しい戦いだったな」
 深く、ゆっくりと息を吐いた。
 天を仰ぎ見て、天蓋の知れないその闇に苦笑を洩らす。
 命がけで戦い、そして勝利を収めた。
 思わず、余韻に浸る。
 それは仕方のない事だろう。何故なら今回の戦いで……。
「…………」

「……………………」

「……………………っぁ?」
 何かが、身体を通り過ぎた気がして、仰いでいた顔を、眼を、視線を、下ろしていく。
 光が灯った右手を、腹部へと運ぶ。
 そこには、血で塗れた朱色の剣が、濁った輝きを見せて鎮座していた。
 背中から、刺されていた。見れば、先ほどまでデュラハンが倒れていた場所はもぬけの殻となっている。
 いつ復活し、いつ移動したのか。まるで分からなかった。
 一滴、血が刃を伝い、滴り落ちる。
「…………カハァッ」
 口から少量の、しかし決して無視できない量の血が静かに吐き出される。
 そして、一筋の朱線が顎を伝った。
 強引に引き抜かれた剣。
 腹に空いた空洞から多量の血が流れ落ちる。
 それはみるみる、足元に血溜まりを作っていった。
「なんだって……んだよっ!」
 剣を拾う暇もなかった。
 予備のレイピアを持っているので、手放した剣は思い切ってスルーし、前方へ駆け出した。
 走りながら、魔法を唱え、現れた魔法の膜で腹部の傷を覆う。
 治癒には時間がかかるが、少なくとも止血にはなる。
 懸命に足を動かし続けた。
 仮にも王族騎士であるこの俺が、なんてザマだ……。
 遥か彼方に、一筋の光を見た。


――――

「何がどうなっている?」
 暗がりの中、誰に問うわけでもなく、そう呟いたのは全身を黒のコートに身を包んだ俺、ゼルスだ。
 視界はほとんど確保されず、聴覚と第六感に頼って洞窟内を前進していた。
 途中までは順調だった。
 洞窟内部に侵入するまでは、騎士団の隊列を尾行していた。
 そして場所を割った後、騎士団に数分遅れて洞窟内へ進入。
 思った以上に光が届かず、手探りで奥へ進んでいくうちに、迷ってしまったのだ。
 洞窟は複雑に入り組んでいた。例え明かりがあったとしても進路を見失う可能性は十分にあった。

 戦闘が始まっているのは、肌で感じ取った。
 ヒリつくような、空気の脈動。
 俺と王属騎士団の狙う七十Pの敵、ターゲットネーム『紅きデュラハン』は、現在この国でもっとも高額の賞金首で、かの王属騎士団を引き合いに出しても遜色ない化け物であった。

 念のため、背中の剣を引き抜いた。
 銀色の愛剣は、暗がりの中なので輝きも褪せて見えた。

 一歩一歩、慎重に歩を進める。
 もちろん周囲への警戒は怠らない。
 相手はデュラハンだ。首無しの騎士となれば、目がなくても空間を把握する能力でもあるのだろう。
 ならば、この暗黒の中を自由に動き回るはずだった。
 いつ奇襲されても対応できるよう、備えておく必要がある。

 生憎、俺は魔法の類は扱えなかった。
 幼い頃から、父親の影響で剣一筋で闘ってきたのだ。
 いまさらそのスタイルを変えようとも思わなかった。
 俺が何より信頼しているのは、自らの剣の腕なのだから。
「…………」
 視界を封じられ、感覚を頼りに歩くのはなかなか気持ちのいい事ではない。
 こんな事なら、荷物を全て預けるんじゃなかった、と後悔する。
 光源も、全て置いて来てしまった。
 しかし後の祭りである。たらればの話など何の意味も持たない事を俺は知っている。
「……っ!」
 不意に、空気が震えた。
 震えた空気は、音となって俺に情報を与える。
 これは、得物同士がぶつかり合った音に違いなかった。
「……近いな」
 連続して聞こえる、金属の打ち合う鳴動。
 恐らく、一対一だ。
 音のする方へ足を動かしながらも思案する。
 何故、騎士団は数の利を活かさないのか。
 数で勝っている以上、全員で足並みを揃えて敵と対峙するべきだ。
 そうでなくても、城のすぐ外れにある洞窟の事だ。
 光が届かず、内部が暗い事など知っていたはず。
 王属騎士の中には、魔法が使える者もいるだろう。
 魔術によって十分な光源を用意するのがセオリーというものではないだろうか。
 何か不測の事態に陥った。
 そうとしか考えられない。
 ならば、俺も気を引き締めていくべきだろう。
 改めて、全神経を動員して集中する。

 ……と、やにわに音が止んだ。
 決着がついたのだろうか。
 王属騎士が殺されたと思うのも嫌だったが、逆に紅きデュラハンが討伐されるのもあまり喜ばしくない。
 この手で、引導を渡さなければならないのだ。
 王属騎士になるためには、それしかないのだから。
 ゆっくり前進するのにもどかしくなり、深く息を吸うと、闇黒を駆けた。
 形振り構ってられない。
 一刻も早く、デュラハンを探し出し、この手で討ち取らなければ。
 不意打ちを食らっても勝てるという自信に裏打ちされた行動であった。
 風を切るように駆走る。
 足元さえも見えず、凹凸の激しい地面は一瞬でも気を抜けば、転倒を誘発するだろう。
 それでも駆け続けると、彼方に微かな光が見た。

――――――――

「ここは……」
 光の先にたどり着くと、そこには大きな空間が待ち構えていた。
 光はどうやら、頭上から照っているようだ。
 仰ぎ見れば、天蓋に穴が開いており、そこから一直線に日脚が伸びていた。
 空間は、闘技場並みの大きさを誇っている。
 俺から見て左手には、空間の三分の一ほどの大きさの湖畔が存在していて、冷気を放っていた。

 ぐるりと空間を見渡し、構造を把握すると、奥へ向かって足を運んだ。
 ここならば、デュラハンが来ても万全の体勢で戦える。
 これだけ光源があれば、不意打ちもないだろうと剣を収めようとすると、視界の端に何かが映った。
 咄嗟にそちらの方を振り向き、剣を構える。
 岩壁に凭れ掛かるようにしてそこに座っていたのは、黄と白の鎧に身を固めた、一人の王属騎士であった。
「…………」
「…………」
 目と目が合う。
 互いに互いを警戒しているのを、電流の弾けるような空気で感じた。

 しかし、相手は自らが王属騎士であるという自負があるからか、立ち上がろうとも武器を構えようともしない。
 構えなくとも、俺を圧倒出来ると思っているのだろうか。
「……あー、あんた、王属騎士だよな?」
 構えた剣を下ろしながら、確かめるように、問いただす。
 こんなところでいったい何をしているのか。と、咎めるような含みを持たせた言葉だった。
「……そうだ」
 その声の主は、まだ若かった。
 自分と同い年か、それ以下だろうと推測する。
 それだけ若くして王属騎士になれるという事は当然、実力が伴っているのだろう。
「騎士団は二十名ほどいたはずだが、仲間はどうした」
 やや突っ込んだ問いをしてみる。
 返答はあまり期待していなかったが、彼は何でもなさそうに答えた。
「はぐれた。今じゃ誰がどこにいるのか見当も付きやしない」
 やり切れないように、曲がった笑みを浮かべる。
 見れば、彼の左脇腹は鎧が破れ、その奥の肉は大きく裂け、真紅の液体が鎧を染めていた。
 簡素な藍色の魔方陣が張り付いているが、その効果の程は解らない。
「あんた……」
「なーに、気にする事ぁない。脇腹で済んだと考えれば僥倖さ。少なくとも、心の臓を刈り取られた仲間が居る事を俺は知っている」
 目を瞑って、乾いた血の付着した手をひらひらさせる。どこか飄々とした態度をとり続ける彼だが、果たして その余裕は見栄ではないのか。
 そして彼は言葉を続けた。
「いや、それはどうでもいいんだ。……俺も一つ聞きたい。あんた、何者だ?」
 一瞬で空気が変わった――ような気がした。
 見れば、男は鋭い視線で穿つようにこちらを睨んでいる。
 そこには、油断や驕りの欠片も残っちゃいなかった。
「どういう……」
「おっと、質問してんのは俺だぜ? テメェが放つ殺気、尋常じゃねーんだ。それにその出で立ち、隙がまったくない。それによ、こんなところまで来る馬鹿はそういない。何しにここに来た? こっちからすりゃ、疑う余地ありまくりなんだわ」
 矢継ぎ早に言うと、騎士は素早く腰の武器に手を伸ばした。
 俺も反射的に剣を構えた。
「ほらな、その反応速度、普通じゃない。よほどの手練れってのは分かんだよ」
 男は、握った柄を離しはしなかった。
 いつでも応戦出来るよう、警戒心を強めている。
「分かった、こっちだって隠そうと思ってたわけじゃないさ」
 敵愾心はないんだ、と示すように俺は剣を背中に戻した。
 そして空いた両手を広げてみせる。

「俺の名はゼルス。各地を回っている流離人だ。
 ここには、デュラハンを討伐しに来た。目的は――」
 その言葉の続きを紡いだのは、手負いの騎士であった。
「――王属騎士になるため、か」
 一瞬の静寂。
 光差す空間で、騎士は立ち上がる。
 その利き手は、既に得物の柄から離れていた。
「俺はシレン。疑って悪かったね。ゼルス――あんたの噂は聞いてるよ」
 そう言いながら、シレンは右手を差し出してきた。
「そりゃ光栄だ。ところで、俺はそんなに殺気を出していたか?」
 俺もグローブを嵌めた右手を差し出し、握手を交わした。
「そりゃ、空気が震えるくらいのもんさ。あんな殺気を放つやつを他に知らないな」
 シレンはニッと笑う。金髪の彼は、整った顔立ちの好青年であった。
 しかしすぐに表情を曇らせ、「いや……あのデュラハンも相当だったな……」と呟いた。
「そんなつもりはなかったんだがな……。ここ数日、全く油断出来ない旅をしていたから、そのせいかもしれない」
 脳裏にチラついたのは、無邪気な笑顔を浮かべておいて、そこいらの犯罪者や傭兵より余程鋭く尖った殺気を纏った少女の姿だった。
その殺気足るや、普段温厚なツノザウルスが血相を変えて突っ込んでくるくらいだ。余程恐怖心を与えたのだろう。

 コノハという名の彼女がどういう生い立ちをしてきたのかは分からない。
 ただ、純粋にその明るさを持つ表の顔と別に、深く重たい闇を孕んだ裏の顔を持っているのを察していた。
 故に俺は、コノハと旅を続ける間、一瞬たりとも油断できなかったのだ。
 眠る事さえ出来なかった。寝首を掻かれる可能性が捨て切れなかった。

「まぁ気にするなって。んで、これからどうすんだ?」
 シレンはカラカラと笑う。
 その様はまるで犬のようで、尻尾が付いていれば縦横無尽に跳ねてるのだろうな、と思った。
「逆に聞いてすまんが、シレンはどうしてここにいた?」
「端的に言えば、逃げ延びた。ここに居れば、光が味方してくれるからな。暗闇で戦うのが一番やばい」
「やつは、強いのか」
「強いなんてもんじゃないね。殺した筈なのに軽く生き返りやがった。ありゃ不死だ」
「……。他の仲間とはどうしてはぐれた?」
「じつは俺、途中で靴紐結んでたら皆先行っちゃってさー。ははは」
 俺は、目の前にいる男が本当に王属騎士なのか心配になってきた。
 幾らなんでもズボラ過ぎやしないか、と。
「んで、ゼルスはこれから討伐に行くんだろ?」
「……そのつもりなんだが、光源がなくては話にならない」
 光源がない以上、この場所以外をうろつくのは危険だ。聞く限り、闇はデュラハンの最も得手とする空間。
 ならば、わざわざ相手の土俵まで行く事はない。
 しかし、逆に言えば、やつは光のある場所には姿を現さないのかもしれない。その場合、ジリ貧なのはこちらだ。
 夜になれば、この空間も真っ暗闇になるだろう。
 そうすれば、全域がやつのテリトリーとなってしまう。どうにか、光をあるところにやつを誘い込まなければならない。
 あるいは、やつの元へ光を持っていくかなのだが……。
「光源なら、ここに居るけどな!」
 そう言って、誇らしげに胸を反らせたのはシレンだった。
「……あー、この国の人間は発光機能が付いているのか? それとも個人的に?」
「ちっ、ちげーよ! 魔法だって! ま・ほ・う! 光源魔法!」
「おう、知ってる。それじゃ早速行こうぜ」
「テメェ……」
 即席パーティの精神的な距離を縮める粋なやり取りを終え、俺は身を翻すとすたすた空間の出口へ向かう。
 シレンが小走りで俺の横に追いつく。
 そして、魔法を唱えた。

「La luz - puede brillar」

 唱え終わると共に、透明の何かが空中に波紋のように広がった。
 一瞬の静寂の後、シレンの胸部辺りの高さに、円形の光るチューブが現れる。
 チューブは、シレンを軸に数メートルの余裕を持って広がっている。故に、シレン自身と重なる事はない。
 そしてそれは、シレンが動けば連動して同じ方向に動くようになっていた。
「すげぇな……。辺り一体を照らしてるぞ、それ」
「だろ? そこそこレベルが高い魔法だからな。それだけに魔力も食うんだけどな」
 言いながらも、シレンは二つ目の魔法を唱えた。

「La defensa - mi cuerpo」

 今度は透明の膜がシレンを足元から頭部まですっぽり覆った。
 全身が覆われると、膜は見えなくなる。
「こっちは防御膜。これで自分の身は自分で守れるってわけだ」
 シレンはそう言い、さらに言葉を続ける。
「とりあえず、俺は光源魔法と防御魔法、あと怪我を抑える治癒魔法の三つ持続させるのに手一杯になっちまうから、討伐はあんた任せになるが」
 魔法三つの同時継続。これは手練の魔法使いでないと出来ない芸当だ。
さらに戦闘まで求めるのは酷な話だった。
「ああ、構わない。ただその場合、討伐者は俺になるんだよな?」
「いいぜ。俺は地位とか栄光とか、そういうのは要らないからな」
「そりゃ助かる」
「あぁ、あとさっきも言った通りやつは普通には倒せない。鎧の真ん中に穴あけて、しかも首部分から剣ぶっこんだら一回は倒れたが、すぐに蘇りやがった」
「……なるほど、試行錯誤しそうだな」
「ま、俺は防御膜の中に篭ってるから、好きに戦ってくれ。少しくらいはサポート出来るかも知れんが、期待はすんなよ」
「大丈夫だ、任せとけ」
 俺とシレン、二人の確かな実力者は、短く言葉を交わしながら先へ進んでいく。
 シレンを軸に波動のように広がる光が暗闇を溶かして金色に染め上げている。
 それでも、視界全体が照らされているわけでもないので、警戒は常に怠らなかった。

 それから数刻、俺たちは歩き続けた。
 入り組んだ洞窟を、隈なく捜索していく。
 そして、やがて視界は紅のテリトリーへと姿を変えていった。
「……これは」
 シレンが思わず声を漏らす。
 その理由は解っている。足元が、血に塗れていた。
 それも、半端な量ではなかった。
 そう、例えるなら血の海。
 幾重にも重なって地に伏した、騎士団の面々から流れる、血潮であった。
「……ッ! 下がれ!」
 瞬く間に、視界が鳴動。
 おぞましい殺気に、戦慄が全身を覆い、栗毛が立つのを感じた。
 寒い。水底を漂うように、冷たい空気が肌を突き刺した。
 重力さえも普段の二、三倍に感じられ、俺は重々しい動作で剣を抜くのがやっとだった。
 ?それ?は、騎士団の命を啜って、それでも足りないとばかりにハウリングした。

 紅のデュラハン。
 噂にしか聞いた事のないその化け物は、そのアンティークな鎧を真っ赤に染め上げ、さらに骨肉のこびり付いた十字剣からは鮮血が滴り落ちていた。
距離にして十メートル。その殺気に怯んだ俺には、あまりに近い距離であった。
 邪気、瘴気を纏わせながら、デュラハンは静かに剣を構える。
 その身体は、こちらを向いていた。
 シレンが数歩後退するのを気配で感じ取った。
 光源があって、この威圧感。
 なければ、どうなる事か、解らない。
 引けない。
 やつをシレンとぶつけるわけにはいかない。
 紅の騎士の初期動作はひどく緩慢なものであった。
 まるでカラクリ人形のように、遅々とした動き出し。
 しかしそれは、一歩踏み出すまでの事であった。
 緩急。
 緩やかな動きから、突如高速で迫ってきたその騎士に、俺は咄嗟に剣を振るう。
 手応えはあった。
 否、ありすぎた。
 まるで鉄の壁に剣を打ったように、反動は両腕の深くまで押し寄せる。
 鍔迫り合いは、やや俺の不利に推移した。
「くっ……!」
 寸でのところで踏みとどまり、腰からしっかり、剣を持つその手を抑える。
 壁がそのまま迫るような重撃を、全力で食い止めようとした。
 強すぎる摩擦が火花を生み、泡沫に弾けて消えた。
 競り合いは、完全に互角であった。
 お互いにその刃を引かせない。譲れない場面だった。
 ただ渾身の力を、己の刃に乗せて踏ん張る。
 実際には僅か十秒余り、しかし体感ではあまりに長い時間。それは紅の騎士の根負けで終わりを迎えた。
 押し切れないと判断した首なしの騎士は、素早く剣を引かせると、後方へと行方を眩ませた。

「……はあっ……はぁ……」
 俺の荒い息遣いだけが、静寂に音を奏でていた。
 たった一合。
 たった一合打ち合っただけで、あれほどの激戦になるとは。
「やっぱ、俺は俺の得意分野で戦わなきゃな……」
 ボソリと呟く。
 もう紅の騎士は襲い掛かっては来なかった。
 どうやら遠くまで撤退してしまったようだ。
「どうする?」
 背後から、シレンが声をかけてくる。
「もちろん、追うさ」
 惑っている暇はない。
 辺りを見渡しただけで、ざっと十人近くの騎士団が命を散らしていた。
 下手をすれば、既にシレンを除き全滅している可能性だってあるのだ。
 それにこの場所にいるだけで、徒に体力、精神力を消耗してしまう。
 いくら灯りがあれど、視界の端までは照らしてはいない。
 それが、余計に恐怖を煽っていた。

「……気をつけろよ、ゼルス。あのヤロー、騎士団の血を啜って、力を増してやがる。そしてやつの最大の武器は、その刃でも、不死の身体でもない。闇を利用した、恐怖だ」
「…………」
 その言葉には答えず、俺は一歩を踏み出した。

――――――――

 硝煙の匂いが、辺りを包んでいた。
 数十メートル置きに、騎士団の死体が置かれている。
 俺の横で、シレンが唇を噛み締めた。
「殺せば殺すほど強くなる、か。しかも見た感じ、俺がやつと戦った時より数段強くなってやがった。実力者ならそれだけ強くなる幅も大きい、とすると……。こりゃゼルス、アンタが斬られた瞬間がこの国のおしまいかも知れないな」
 口調こそ、軽いものであったが、しかし事態は思ったより深刻のようだ。
 仮に、騎士団長までやられていたら、あのデュラハンはどこまで強くなってしまうのだろう。
「早めに見つけ出して、殺すしかないな」

「殺し方も、解らないけどな」
 シレンは飄々と笑った。
 道は先ほどからずっと一本道が続いていた。
 灯りのお陰で一定のペースを保って歩き続けられているのだが、やたら長い。
 もしも、暗闇の中を手探りで歩いていたらと思うとぞっとしない。
「シレン、この洞窟の地理に覚えは?」
「残念ながら、ないね。他のやつらは下調べとかしているだろうけど、俺ぁそういう勉強が大嫌いだったもんで」
 討伐相手が篭城している洞窟の地理さえ調べないとは、どこまでこの男は不真面目で怠け者なのだろうか。
 予め戦場の地図を頭に叩き込む至極当たり前の行為を?勉強?と揶揄するくらいなのだから、よっぽどなのだろう。
 俺もこの洞窟に対しては全く無知の状態でやって来たが、それは状況が切羽詰っていたからで、あと一日、いや、半日でも時間があったなら、地図を調達していただろう。
「地形も把握出来ていないのに本隊とはぐれたとか、自殺願望でもあるのか」
「いやぁ、俺は刹那主義でね。なるようになれ、というやつさ」
 カラリと言ってのけたシレンは、その指を前方に向けた。
「ほら、そんな事言っている間に、また広い空間に出るみたいよ」
 その言葉に目を細めた。
 そして無響の空間は終わりを告げた。
 大空間は、俺がシレンと出会った場所とひどく似通っていた。
 光こそ降り注いではいないが、湖が視界の左端を埋めているのは先ほどと同じだ。
 ただ視界の奥、空間の真反対に微かな光を頼りに戦う、三人の騎士の姿があった。
 二人は黄と白に装飾された荘厳な鎧を、一人は赤黒く塗れ光る邪悪な鎧を。
 そしてさらに注目するべきは、王属騎士団の内の一人は、巨大なランスを携えて戦っているという点だ。
 深雪のように殊勝な輝きを放つそのランスは三メートル以上の装いを見せる。
「た、隊長ッ!」
 自分と並んで、空間の入り口に立ったシレンが思わず声を上げる。
 しかし、向こうはそれに応える余裕はないようであった。

「GULUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」

 声にならない叫び。
 真紅の騎士は一瞬の猶予を与える事もなく、ただ高速で二人の王属騎士に剣戟を振るった。
 先ほど俺と交えた、あの渾身の一撃よりは数段軽いだろう。
 しかし、その剣捌きと手数は最早常人の域を遥かに超越していた。
 血染めの剣が、それこそ残像を追うのさえままならない程の速度でXの字を刻む、刻む、刻む。
 左上から右下へ、右上から左下へと剣はひたすら駆ける。単調でしかし圧倒的な速さの前では、どんな小細工も通用しない。
 得物同士が触れ合う度、甲高い音が鳴り青白い火の粉が舞う。
 それが毎秒二、三回のペースで起きるのだから、三人の間は光の壁が出来たかのように瞬く。
 二対一にも関わらず、デュラハンの圧倒的攻撃ペースによって完全に彼らは守勢に回ってしまっている。
 特に騎士隊長ではない方、太刀を振るう若い王属騎士は今にも崩れ落ちてしまいそうだった。
 今すぐにでも、手助けに行かなければ。
 そう思い、地を蹴った。
 距離は決して遠くないはずなのだが、如何せん向こうの戦闘スピードは異常だ。
 最高速度で駆けても、間に合うかどうか――。
 と、その刹那、視界の奥で戦況が動いた。
 ついに受けきれなくなった若い王属騎士のその手から、太刀が吹き飛んでいったのだ。
 腰には予備の剣があるのだろうが、当然引き抜く余裕もない。
 丸腰になった彼は、恐怖に顔を歪ませ、一歩後ずさりする。
 逃がさぬ、とばかりにデュラハンの凶刃がその体躯を追う。
 そのあまりに素早い動作に鎧は、歓声のように軋んだ音を響かせた。
 紅の騎士はまるで木の枝でも扱うかのように、その重そうな剣を振り下ろす。
 だが、刃は若い騎士の喉元寸前で阻まれた。
 横から差し立てられたランスは、十字剣の刀身を大きく弾き、そのまま横一文字に鎧本体を狙う。
 騎士隊長の顔は、鬼気迫るものがあった。渾身の一撃だったのだろう。
 その一撃は、若い騎士を狙うために無防備に曝け出したデュラハンの横っ腹からぶち当たり、そのまま勢いに任せて反対側へ吹っ飛ばした。
 文字通りくの字に曲がった鎧は、地面を跳ね返ったり転がったりしながら十メートルは吹き飛んだ。
 それでも、その手に握った剣を離さなかったのは彼の執念と打たれ強さを表していると言える。
 しかし、鎧は大きく凹み、あちこち傷だらけのその鎧は、哀れと思えるくらいボロかった。
 俺が速度をやや落とし、若い騎士がほっとため息を吐き、騎士隊長が僅かに気を緩ませるくらいに。
「ダメだッ!!」
 叫んだのは、今や遥か後方にいるシレンだった。
 その声と同時に、首なしの騎士は起き上がる。
 その時俺は既に空間の中央まで来ていた。
 既に剣は抜いており、あと数秒で戦闘に介入できる位置にいた。
 ――しかし。
 しかし、デュラハンの起死回生は文字通り瞬きの間に行われたのだ。――
 膝を突き、跪くような体勢から一転。
 地面を一回蹴っただけで目にも留まらぬ速度まで加速したのである。
「なっ……?」
 俺と、デュラハンの元いた位置と、騎士団の二人がいた場所の位置関係は、三角形になっていた。
 しかし、デュラハンは俺には見向きもせず、騎士団へと直行する。
 そして騎士団の二人の位置関係は、騎士隊長がデュラハンにやや近く、その斜め後ろに若き騎士がいるといった感じになっている。
 まず最初に狙われたのは当然、騎士隊長だ。
 すれ違いざま振るわれた、水平の斬撃はランスによって受け止められる。
 デュラハンも、深くは狙わない。
 狙いは、あくまでその次なのだろうから。
 騎士隊長を追い抜く鎧の背中を、ランスが狙うがその速度には追いつけない。
 紅きデュラハンはそのまま、武器を無くし無防備のまま放心している若き騎士へとその剣の切っ先を向ける。
 俺も、騎士隊長もその一撃を止めようと動く。
 しかし、俺はまだ遠く、騎士隊長は勢いを味方に付けていないばかりか、重い武器を抱えている。
 次の一撃への介入は、不可能だろう。そう思えた。
 しかし、最期の意地だろうか。
 若い騎士は、その腰から予備の細剣を抜き出し、迫りくる恐怖に涙を流しながらも応戦の姿勢を示した。
 細剣などという軽い剣は、一撃を食らっただけで折れるか手元から吹き飛んでしまうだろう。
 それでも、彼は剣を構えた。
 恐らく最大速度であろうデュラハンは、その紅の剣を大きく振りかぶる。
 重力さえも味方につけ、上段からの力任せの攻めを展開する腹積もりなのだろう。
 高く掲げられた剣は、風を裂く音と共に振り下ろされる。
 その一撃を、若き騎士はレイピアの剣の先端辺りで受けた。
 当然、砕ける刀身。
 しかし、受けた場所が場所なだけに、まだ刀身は充分に残っている。
 ただでさえ長い細剣だ。今回はその点が若い騎士に味方した。
 しかし、刀身が砕けるほどの強撃、それだけ反動も凄まじいだろう。
 普通ならば手元から剣が放れてしまってもおかしくはない。
 だが、彼は決して剣を手から離す事はしなかった。
 力強く剣を握った手は、決して開いたりはしない。
 当然デュラハンもこれだけでは止まらない。
 連続で次の一撃を繰り出す。
 先の一閃と合わせてVの字を描くように、今度は下から切り上げるような一撃。
 まず唸る風の声が耳に届き、次にレイピアが根元から砕け散る音がした。
 宙を舞う鉄の破片は、キラキラと光っていた。
 二撃。二撃耐えた若き騎士は、ついに武器と身を守る術を失った。
 しかし、彼が稼いだ時間は、一つの行動を間に合わすのに充分であった。
「うらああぁ!」
 ランスを力任せに持ち上げながら吼えるのは、騎士隊長だ。
 両手で持ち上げたそのランス、重量はかなりのものだろう。その重さは、しかし一つの命の重さには適わない。
 強引に投げられたランスは、一直線に血染めの鎧へと飛来する。
 振り向かなくても、気配で感じ取ったのだろう。
 鎧は若き騎士を斬るのを諦め、そのまま身を切り返した。
 ギリギリですれ違うランスと鎧。
 行く先は、それぞれ反対方向だった。
 即ち、鎧が狙うのは騎士隊長。
 距離こそ、僅かしかなかったのだ。
 だから、斬られるまでの時間は一瞬と、騎士隊長も解っていたはずだ。
 予備の得物を抜く時間もない、と。
 それでも、彼は部下を見殺しにはしなかった。
 自分の命を差し出してでも、部下を守ろうとランスをぶん投げたのだ。
「甘いな……」
 そう思う。
 だが、決して嫌いではなかった。
 無防備の騎士隊長を挟んで、直線上を高速で駆ける俺と鎧。
 距離的に言って、騎士隊長が一撃食らうのは免れない。
 ただ、彼が一撃さえ凌いでくれれば、命だけは救える。
 デュハランの十字剣が光った。
 首を狙った斜めの斬りつけ。
 隊長は身体を後ろへ反らす。
 切っ先が、首に細い線を走らせる。しかしそれは、薄皮一枚しか切れてはいなかった。
 それでも紅の騎士は負けじと剣を深く食い込ませ、左肩から腕にかけて深い一撃を入れた。
 崩れ落ちる体躯。
 その後ろから、俺が剣を片手にデュラハンに斬りかかった。
 高速で交差する俺と紅の騎士。
 衝突した剣と剣は、一瞬で離れ、そして再び勢いをつけて振るわれる。
 重い一撃を打ち付けあう応酬。
 すれ違う瞬間だけで、優に五回を数えた。
 そのまま俺とデュラハンは勢いを保ったまま円を描くように反転する。
 ただ純粋に力比べをするのではつまらない。
 力、スピード、技術……。持てるカード全てを費やして相手を地に這わす。
 もはやそれしか頭になかった。

 縦横無尽に駆け巡る両者の四肢と剣。
 まるで踊るように、空間を駆け回りながらも相手との衝突タイミングを見極める。
 それは、相手が切り返す直後が一番良い。
 スピードが殺がれるからだ。
 逆に相手もその瞬間を狙ってくる。
 互いに油断は出来なかった。

 風よりも早く、早く、早く!
 加速する戦闘に、心が躍る。
 出っ放しのアドレナリンに快感すら覚えるほどだ。
 と、ついに紅の騎士が切り返しの瞬間、姿勢を崩した。
 手を付き、姿勢は保ったものの、勢いは完全に殺がれている。

 そこを一気に狙いに行った。デュラハンは咄嗟に立ち上がるも、足元の不安定感は隠せない。
 肘を限界まで折って、放つ一撃。
 十字剣に衝撃を与え、次へ移る。
 自らの目にも写らぬ速度で、限界まで剣を振るう。
 狙って、十字剣を打ち続ける。
 豪快な音が鳴り続け、着実と相手は後ろへ退いていく。
 上から、下から、右から、左から、斜めから、時には突き、穿ち、叩き付け、全方向から縦横無尽、疾風怒濤の猛攻で蹂躙し続ける。
 止まらなかった。否、止まりたくなかった。
 腕が痺れ、感覚さえ感じなくなっても、攻撃を止めようとはしない。
「ククッ……アハハハハハ!」
 不意に、笑いがこみ上げてきた。
 もう何十回、何百回、剣を振っただろう。
 これだけ攻めて攻めて、攻めまくってそれでもなお耐え続けるものなど、これまでにいただろうか?
 かつての俺の師が魔王になって以来、ひたすら強い者を追い続けた。
 あらゆる国と地域を駆け巡り、その都度実力者と合間見え、剣を交えた。
 どこかで、死に場所を求めていたのかも知れない。
 それでも、何百回と戦っても、俺が負ける事はついになかった。
 いつしか、強き者への挑戦者だった俺もその名が知れ渡り、挑戦される側に回るようになった。
 それからも、結局誰も俺に適いはしなかった。
「それじゃあ、意味ないんだよ!」
 叫ぶ。一層勢いと力を込めた一撃が血染めの剣を弾き、鎧の腹部への道を生み出す。
「強いやつと戦い!」
 その腹部へ、俺は剣で鎧を穿った。
「強いやつを打ち負かす!」
 動作を停止した鎧をさらに足で蹴飛ばし、
「そうすることでしか俺はもう強くはなれない!」
 もう一撃、胴を横殴りに掻っ切った。
 そして俺が攻撃を止めるのと、デュラハンが地に伏したのはほど同時であった。
「……………………」
 急ぎ、息を整える。
 油断は出来ない。シレンの話によれば、やつはまだ……。
 横目で後方を見れば、若き騎士が治癒魔法と思われる薄青い膜で騎士隊長を覆っているところだった。
 もう戦う気力もないだろう。どっちにしろ、共に戦ったって足手まといになるのが関の山だろうし、それで良い。
 シレンはシレンで、入り口から動こうともしていない。
 上官が斬られたのに、随分と非情な男である。
 そして目を、前方の鎧に向ける。
 周りが瘴気に包まれ、鎧は小刻みに震えていた。
 嵐の日の窓のようにカラカラと音を鳴らしている。
 そして次の瞬間、それこそ嵐のような戦いが再開された。

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